<<週刊びしゃもん>>2026-06/21 Vol.1,254

・ごきげんよう、塾長です。
・私の父は1929年・昭和4年生まれ。その中学高校時代は太平洋戦争真っ只中で、学徒動員により小倉造兵廠で日々を過ごしたそうです。主の仕事は20ミリ機関砲の砲弾先晩削り出しで、一日の製造数一位で表彰されたこともあると話してくれました。
・そんな父が憧れていたというのが、小倉祇園太鼓の打ち手でした。小学生の頃は歳が足りないからと太鼓をたたけず、中学生になったら資材放出で太鼓山車が接収されて、戦後もずっと町内の小倉祇園太鼓は途絶えたままでした。
・私が小学生になった頃の七月に父が突然太鼓を二つ購入しました。その日から父と二人で太鼓を叩き始めました。公園で大きな音をたてても祇園太鼓ならば何の苦情も出ない時代でした。父は子どもの頃の記憶を元に私に立ち位置、バチの持ち方、太鼓のリズム、叩き方などを教えてくれました。毎日のように太鼓を叩いていると、次第に人が集まり、やがて町内の山車を復活させようという話も出始めました。
・さらに十年経ってから、山車復活の目処が立った頃、父は私を古船場町の老人の家へ連れて行きました。老人は一色さんという小倉祇園太鼓の名手でした。私に「カンを叩いて見せろ」とおっしゃるので、叩いてみせると「よし、これを見せてやろう」とカンの叩き方を記した一枚の紙を開きました。「これ一枚しかないから写し取って帰って、これを見ながら稽古しろ」と言いました。
・私が一色さんに会って話したのはその時一度きりでした。コピーなど無い時代。その一枚の「一色流カンの譜面」を我が町内は大切に受け継いでいます。6月末の父の日、そして7月1日からの小倉祇園太鼓が始まる頃に私が必ず思い出す二人の父の思い出です。私は今年も太鼓のバチを腰に差して、小倉祇園太鼓全ての山車の記録写真を撮り残します。
●夏期講習会のご案内を配布しています。スケジュールをご確認の上、参加申込みをお願いいたします。お知り合いをご紹介くださいませ。
●中学生の皆さんは以下のリンクよりフクト実力テスト会会員申込みをお願いいたします。申込み後、フクトより送付される会員証を塾へ提示してください。
中学3年生は
https://store.fukuto.jp/shopdetail/000000000429/
中学2年生は
https://store.fukuto.jp/shopdetail/000000000435/
中学1年生は
https://store.fukuto.jp/shopdetail/000000000438/
●毘沙門塾の新年度入塾案内を配布しています。お知り合いをご紹介ください。
●小倉祇園太鼓ホームページ(掲載写真は塾長撮影です)
https://kokuragiondaiko.jp

コメントを残す